ダニー・ルブレ

ダニエル・ルブレ(Daniel Löble)について。

生年月日:1973年2月22日

出身地:スイス、チューリッヒ

故郷

チューリッヒ、すぐ北がドイツ

チューリッヒは、スイス最大の都市。人口は約390,000人。

欧州ではロンドンに次ぐ金融センターとして有名。

オットー・クレンペラー

Otto Klemperer

チューリッヒに住んでいた音楽家として有名なのが、オットー・クレンペラー(Otto Klemperer, 1885年5月14日 – 1973年7月6日)。ドイツ出身だが、最期はチューリッヒの自宅にて死去。
指揮者・作曲家。ユダヤ系ドイツ人。
自他共に認める女狂い。

詳しくはこちら →  ウィキペディアです。(クレンペラー)

ダニーとクレンペラー

あくまでも私見ですが、クレンペラーの経歴を見て「大器晩成」という言葉があり、この点が、ダニーと似ていると思いました。ダニーの録音で最も活き活きと演奏されているのが My God-Given Right です。そして後期になるほど、聴きやすくなります。

ダニーが女狂いかどうかは、わかりません。笑

プレイスタイルも似ていると思います。両者とも、派手に演奏し過ぎるところがなく、常に一定の仕事をします。

落ち着きのある演奏というか、安定感を感じるというか。

音楽活動

14歳で音楽活動を開始。1993年から1995年まで、チューリッヒの音楽学校でドラムを学ぶ。さらに1996年、大学(欧州によくある音楽アカデミー)に進学し、1999年まで通う。

大学在籍時には、メロディックメタルバンド Glenmoreで、また、アコースティックバンド Element 58 でドラムを担当。この時期に発表したアルバムは、Element 58 にて
・April Fool Day (2000)

Helloween に加入するまでは、Rawhead Rex(ローヘッド・レックス)にて活動。発表したアルバムは、
・Rawhead Rexx (2002)
・Dairy in Black (2004)

また、Helloween に加入する直前の 2004年10月から2005年?月までの間には、ブレイズ・ベイズリーのバンドと活動を共にし、ツアーに同行している。

Keeper of the Seven Keys – Legacy (2005.10.31) のレコーディングをきっかけにして、Helloween に加入。

音楽的特徴

まず、ダニーには、ダニー独自のスタイルがある。

このスタイルが、他のプレイヤーとあまりにも異なるため、耳に慣れないうちは退屈に聴こえる。つまり、表現方法が独特ということ。

また、同様の理由によって、ライブにて、インゴ、ウリ在籍時に録音された曲が演奏されるときには、どうしても違和感が生じてしまう。

しかしながら、いつ、どんなときも、彼は一定の仕事をしている。

ダニーが得意とするのは、曲の調子がどこか不安定というか、どちらへ転ぶかわからない雰囲気の場面である。例を挙げるなら、Heven Tells No Lies( Gambling With The Devil 収録 )。おそらく、勢いだけで強行突破するようなドラマーにとっては、かなり危うい曲なのだが、ダニーは持ち前のプレイスタイルによって、最後までヘタることなく演奏している。

不得意なのは、下手うまを求められる曲。どんな曲でも一応まともに演奏できるダニーにとっては、その曲を上手く聴かせるための「不安定さ」を表現できず、退屈な演奏となってしまう。

ダニーが加入したことによって、Helloween のサウンドは大きく変化した。マイケル・キスクが脱退し、アンディが加入したときと同じくらいの衝撃である。この変化を理解しきれずに、バンドに対する熱が冷めたファンは多い。

サシャ・ゲルストナー

サシャ・ゲルストナー( Sascha Gerstner )について。

誕生日:1977年4月2日

出身地:ドイツ(南東部)バイエルン州ニュルンベルク

ニュルンベルク

Nurumberg
Nurumberg

ニュルンベルクは人口約51万人の都市。ドイツ内では14番目、バイエルン州内では2番目の規模。人口は現在、増加中。

ナチス党が最初に党大会を開催した地であり、政権下時は、1933年から1938年にかけて、ナチスの党大会が行わている。

ナチス政権要人が裁かれたニュルンベルク裁判(1945年11月20日ー1946年10月1日)で有名。

ナチス党大会が開催されるはずだったコングレスハレ(未完成)

パッヘルベル

ニュルンベルク出身の音楽家で有名なのは、ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel、1653年9月1日洗礼ー1706年3月9日埋葬)

パッヘルベルはバロック時代最盛期を支えたオルガン奏者であり、教師でもあります。代表作は「カノン」

パッヘルベルの作品は生前から人気が高く、師事する弟子も多かった。

ヨハン・クリストフ・バッハ(1671-1721年、J.S バッハの長兄、音楽的に無名)の家庭教師として、j.S バッハ(1640-1682年、誰もが知る大バッハ)の家に住んでいたこともある。ちなみに、ヨハン・クリスティアン・バッハは、J.S バッハの11番男で、こちらは有名。

詳しくはこちら → ウィキペディアです。(パッヘルベル)

サシャとパッヘルベル

パッヘルベルの経歴を読むほどに、その姿がサシャと重なります。

まず、パッヘルベルはオルガン奏者として活動していました。

一方、サシャはというと、6才の頃にキーボードを演奏し始め、13才でギターを手にし、やがてスタジオミュージシャンとして活動し始めます。双方ともに、演奏家としての力量が十分で、音楽だけで生活を立てていけるほどの腕前、というところがまったく同じ。

ヴァイカートがブラームスなら、サシャはパッヘルベル。

サシャとパッヘルベルは以下の点で似ています。

  • 演奏家としての力量が十分
  • 教師経験がある
  • 大家に認められている(サシャはヴァイカート、パッヘルベルはバッハ)
  • ドイツ、ニュルンベルク出身
  • 食べていける場所を求めて活動拠点を転々と変えている
  • 両親が中流階級

さらにいえば、サシャが作曲家というよりかは「演奏家」というところでも、人物像がパッヘルベルと重なります。

ヴァイカートとブラームスはむしろ逆で、彼らは演奏家というよりかは「作曲家」として有名です。

きっと、過去に存在した偉大な人物の才能がサシャとヴァイカートの中にも受け継がれているのでしょう。

音楽活動

6才でキーボードを演奏し始め、13歳でギターに切り替える。17歳時には地元ニュルンベルクにてスタジオミュージシャンとして活動し始めている。

1996年、ドイツ南部にてカバーバンドのギターリストとして活動している際に、フリーダムコール創立メンバーと出会う。

1998年にフリーダムコールに加入。

フリーダムコールにて、サシャは2枚のアルバムの制作に関わっている。

・Stairway to Fairyland (1999)
・Crystal Empire (2001)

2001年に脱退するまで、3度のヨーロッパツアーをこなす。

フリーダムコール脱退後、サシャは知人と共同でスタジオを設立する。サシャはプロデューサー兼作曲者として、他の若いバンドのために働く。

2002年にチャーリー・バウアファント(プロデューサー)から声が掛かり、彼の紹介でヴァイカートと出会う。Helloweenに加入するという前提で Rabbit Don’t Come Easy (2003) のレコーディングに参加し、アルバム発売前の販促の時点で制式メンバーとして紹介される。

2003年、サシャはローランド・グラポウの穴を埋める形で Helloween に加入。

音楽的特徴

テクニカルなパートを難なくこなす。速弾きが得意で、高速なテンポのギターソロでも彼のギターは一音一音はっきり聴こえる。だから簡単そうに思える時があるのだが、ついマネようと試みても、演奏不可能な場合が多く、もしもサシャがHelloween から抜けたなら、その穴は再びスタジオミュージシャンが埋めることになるはず、という説が有力。

歌詞の世界をメロディーで表現できる稀有な才能。メロディックメタル界の至宝。

現在はヴァイカートから作曲を学んでいる。

サシャの書く詞はロマンティック。書く内容を背景描写だけにとどめ、主題を強調するのが上手い。ただ、戦争など、深刻なテーマについて書くときに、彼の持つロマンティックな性質がマイナスに作用してしまい、駄作になることもある。

道具については、ギター本体以外に強いこだわりはないようで、ツアー中には現地で様々なものを調達する。例を挙げると、アンプ、エフェクター。

自分が出したい音、バンドが求める音を出すためなら何でもするという態度であり、演奏家として、飯を食っていくためには困らないタイプ。

人物

・Keeper of the Seven Keys – Legacy World Tour 2005 の特典DVDでは、ダニーと共にお下劣な真似事をしている場面がある。

・おそらく、サシャは非喫煙者。というのは、ヴァイカートと共にインタビューを受けている映像(2008年頃?)を見たかぎりで、ヴァイカートがチェーンスモーカーよろしく25分もタバコを吹かし続けていたのに対して、サシャはジュースを嗜むに留めていたから。

・ヴァイカートの冗談を理解できる。ということは彼の本音も理解できているということ。

マーカス・グロスコフ の経歴

マーカス・グロスコフ(Markus Peter Grosskopf)について。

生年月日:1965年9月21日

出身地:ドイツ北部、ハンブルク(Humburg)

マーカスの家族は、現在、ハンブルク、アメリカ、カナダ、南アフリカなどに住んでいる(そうです)。

音楽活動

マーカスは15歳の時にベースの演奏を始めました。ギターリストとドラマーの友人に「ベーシストが足りていないから」という理由で誘われたのがきっかけです。

そのバンドが演奏したのは、Sex Pistols や Ramons で、マーカスはもっとヘヴィなサウンドを求め、バンドを脱退。

次に加入したのが、カイ・ハンセンの Second Hell 。このバンドはHelloween の前身であるバンド。

Second Hell は、マーカスが加入した後にバンド名を Iron Fist と改めます。

加入時期はヴァイカートよりも早い。ヴァイカートが加入したのは、バンド名がIron Fist に変更されてから。

ヴァイカートが加入したのちに Iron Fist は バンド名をHelloween に改め、レコード会社(ノイズ・レコード)と契約し、1984年にコンピュレーションアルバム「Death Metal」に楽曲を2曲提供します。

Helloween 外での活動

Shock Machine

Helloweenがノイズ・レコードと交わした契約は非道なものでした。そして、バンドはレコード会社を訴えるわけですが、係争中には契約によって、Helloween として活動することを禁じられています。

仕方なく、マーカスは新たなバンドを結成します。そのバンドの名前はMr. Prooster。結成当時はインゴ(ドラマー、1993年3月没)も参加していました。マーカスが作ったというより、Helloween から派生したバンドであると表現した方が適当かもしれません。

そうして、係争が終わった後も Mr. Prooster は活動を続け、バンド名を「Shock Machine」と改称し、1998年3月にはアルバムを発売します。

アルバム名は Shock Machine 。12曲あるうちの9曲は、マーカスがメロディーを作っています。残りの3曲のうち1曲はオジーオズボーンのカバー曲。作詞を含めるとオリジナル作品(11曲)すべての制作にマーカスが関わっています。

このことから、Helloween が結成された当時から、作曲には興味があったといえます。

また、Shock Machine を発売した当時のメンバー(Shock Machine)にウリ・カッシュがいます。ウリは、このアルバムで2曲、メロディーを提供しています(作詞はマーカス)。

Helloween が The Dark Ride (2000年) が発売される前の出来事です。この時点では、メンバー同士の関係はそこまで悪くありません。

しかしながら、The Dark Ride のツアー後に、マーカスとウリは大喧嘩するに至ります。

ウリは音楽的な才能がありすぎて、 ドラム以外の楽器をも器用に操ります。ギターも弾けるものですから、ついでに作曲もするのです。

マーカスも作曲をするのですが、なぜか彼の曲はアルバムに収録されず、ウリの作った曲は大いに採用されます。

大喧嘩するに至った原因は単純ではなく、それこそ様々な出来事によって引き起こったはずですけれど、この不思議な選曲方法にマーカスが不満を募らせていたのは、想像するに難くないことです。

Shock Machine が発売したアルバムは1998年のファースト・アルバムのみです。

Shock Machine
1st アルバム

BassInvadars

マーカスは2007年、再度別の場所での活動を試みます。次はバンド活動というよりも、プロジェクトです。ギターリストは抜きにして、ベーシストとドラマーのみの構成でコンサートを開くというもの。ボーカルは歌えるベーシストが担当します。

参加人数は脹れ上がり、スケジュールの調整に半年以上かかったといいます。

時期でいうと、Keeper of the Seven Keys – Legacy が大成功し、続くアルバムも素晴らしい出来上がり具合だとして、業界全体が大いに盛り上がっている時でもありました。勢い余って、Unarmed みたいなメタルアルバムとはいえない産物まで市場に投入しても、受け入れられてしまうほどに。

すごく勢いづいている時です。

マーカスは忙しいスケジュールの合間にプロジェクトを進めていたといえます。アンディと同様に、マーカスも他の場所で活動をしなければ気の済まない心持ちなってしまうのしょう。それだけ Helloween のメンバーとして活動していくのが厳しいということです。

1st アルバムが発売されたのは、2008年1月25日、ドイツにて。収録曲数は14曲、マーカスはそのうちの5曲を手掛けています。そして、ボーナストラックとして、Eagle Fly Free が収録されています。

バンド名の考案者

マーカスはバンド名の考案者。バンド名の候補として、Halloweenが挙げられていたときに、この単語に含まれる「a」を「e」に置き換えれば「Hell」という単語が出来上がり、メタルバンドっぽい、という論を展開しました。

作品

マーカスの作品についていえば、バンド創設から The Dark Ride までは、シングルのおまけ曲として収録されるのみでした。しかし、ローランドとウリの脱退をきっかけにして、Rabbit Don’t Come Eazy (2003) からアルバムに楽曲を提供し始めています。このアルバムでは3曲収録されました。Hell Was Made In Heaven が有名です。

Rabbit Don’t Come Easy

今ではすっかりバンドのメインソングライターですが、以前はそうではなかったということです。

そうして、Straight Out Of Hell (2013) では、マーカスが書いた楽曲のタイトル(Straight Out Of Hell)は、アルバム名としても採用されました。Helloween が収録曲名をアルバム名とて採用するのは、それまではあまりなかったことで、例を挙げると、

・Keeper of the Seven Keys
( Pink Bubbles Go Ape は、この際、曲に含めないことにします。)
・The Time of the Oath
・The Dark Ride

くらいでした。

このことから、ファンのみでなく、バンドメンバーやプロデューサーも、今ではすっかりマーカスの作品に期待しまくっている、と考えることができます。あるいは、彼に自分の立ち位置をもっと自覚してもらうよう、プレッシャーをかけているのです。

以前はシングルのおまけ曲くらいの用途でしか楽曲を提供していなかったマーカスですが、今ではアルバムを大いに盛り上げています。

ボーナストラック

Gambling With The Devil マーカス、大活躍アルバム

また、Gambling With The Devil 以降のアルバムに注目すると、ボーナストラックのほとんどがマーカスの作品である事がわかります。

Gambling With The Devil  3/3
7 Sinners  3/3
Straight Out Of Hell  2/3
My God-Given Right  3/5

14曲中11曲も使われています。そして、本編が終わったあとにアルバムを大いに盛り上げてくれます。7 Sinner での3曲についていえば、本編に新たな意味を追加しているといえるほどの内容です。

また、Mrs. God(シングル)が発売された時に、「カップリング曲がカッコイイ」と評判になったのですが、その曲はマーカスが書いたものでした。作品のタイトルは My Life For One More Day です。

アンディ・デリスの経歴

アンディ・デリス(Andreas “Andi” Deris)について。

Andi Deris

アンディ・デリスはドイツ人。現在はHelloweenのボーカリストとして活動しています。 既婚者であり、息子が一人います。息子の名前はロン。(ロン・デリスもミュージシャンです。)

生年月日:1964年8月18日

身長:178 cm

身長についていえば、メンバーの中で1番背が低く、雑誌などでは「他のメンバーと並ぶとアンディが小柄に見えてしまう」と紹介されることがあります。しかし、私が実際にライブに参加したときの印象を書くと、間近で見ましたが、そんなことは少しも気になりませんでした。(ヴァイカートばかり見ていたためかもしれません。)

出身地域:バーデン=ヴュルテンベルグ州カールスルーエ
(Baden-Württemberg Karlsruhe)

故郷

カールスルーエ。計画的に設計された都市です。
宮殿からの景観です。

バーデン=ヴュルテンベルグ州カールスルーエは、ドイツの南西部、フランスとの国境ある都市です。人口は約31万人。ドイツの中で21番目に人口が多いとされています。

ヴァイカートとマーカスの出身地であるハンブルク(ドイツ北部)からは直線距離で520kmほど離れています。 私は実際にドイツを旅行したこともなければ、ヨーロッパにも行った事がないので(というか、日本を出たことすらありません。)現地のことはよくわかりませんが、地図を見ただけで感想を書くと、心理的距離は近くないと思います。

現住所

現在は、スペイン領カナリア諸島テネリフェに住んでいます。ヴァイカートも同じ地域に住所を置いています。

自宅に「Mi Sueno」という名前の録音スタジオを所有していて、「The Dark Ride」以降のアルバムは全てここで行われています。地運が良いようで、作品の出来映えは少しずつ良くなっています。ちなみに、「Mi Sueno」とは、スペイン語で「私の夢」という意味です。

バンド活動

若い頃のアンディ。
ハンサムですね。

1979年(正確な時期は不明)。15歳時にはバンド活動を始めています。「Paranoid」という名称のバンドを結成し、ボーカリストとして歌い始めます。

2年後、バンド名を「Nameless」に変更。学校の友人と共に音楽活動を続けます。当時のドラマー、ラルフ・ムーレ(Ralf Maurer)は、アンディのソロアルバムに参加しています。

1984年、「Dragon」という名称のバンドに加入。
ギターは、ブルーノ兄弟。Bruno and Oscar Di Blasio (Di Blasio BrOs)
ベースとドラマーはルーデマン兄弟。Bernd and Stefan Lüddemann

カールスルーエ地域でのライブ活動の後、ミュンヘンにて初のデモ録音行います。曲のタイトルは「I Was Made to Be With You」「Call Me Up」「Woman」「I Hear the Angels Singing」「Ballade of Glory」「Rock Your Body Down」

1986年、ベーシストのダニエル・デ・ニーロ(Daniel De Niro)がバンドに加入。また、学生時代からの友人ラルフ・ムーレがドラマーとして加入。バンド名を「KYMERA」と改めます。
アンディーの兵役はこの時期に終了します。21歳を過ぎた頃ということになります。

すぐにカールスルーエのスタジオ(名称:カタパルト・トンスタジオ)でレコーディングを始めます。
新曲は「Hello U.S.A.」「Hot Looking Romeo」「Send Me a Letter」。
また、Dragon時代に録音してあったデモを再アレンジします。 アレンジされたのは「I Was Made To Be With You」「Call Me Up」「Woman」。

数回のコンサート後、ドラマーのラルフ・ムーレが脱退します。理由は、大学に進学するため。代わりとして加入したのが、コスタ・セフィロス(Kosta Zafiriou)。すぐにレコーディングを始めます。
新曲は「Shadows Are Falling」「Lonely Would Be Loving You」。
また、Dragon時代のデモを再アレンジします。アレンジされたのは「Ballade Of Glory」
1986年の終わりまでドイツ内にて積極的にライブ活動を行います。

しかし、1987年にアンディはKIMERAを脱退。同時期にセフィロスも脱退します。そして、Pink Cream 69を結成します。

同じく1987年、No Mercyというバンドにボーカリストとして雇われます。
バンドのメンバーは、 ボビー・ベンツ (Bobby Benz, Bass)、 ルージャー・フル(Rüdiger Föll, Drums) 、ウー・アルム(Uwe Ulm, Lead Guitar)
アンディーはPink Cream 69 と No Mercy、2つのバンドのボーカリストとして活動します。最終ライブではPink Cream 69 が No Marcy のサポートバンドとして登場し、同じ夜に続けて2つのライブを行いました。

Pink Cream 69

バンドが結成されたのは1987年。アンディが22歳の時。メンバーは、デニス・ワード(Dennis Ward)、コスタ・セフィロス(Kosta Zafiriou)、アルフレッド・コファー(Alfred Koffler)、アンディ。
彼らはCBSと契約しました。現在はソニーとして知られているレーベルです。

アンディがレコーディングに参加したアルバムは以下の3枚。

  • Pink Cream 69 (1989)
  • One Size Fits All (1991)
  • Games People Play (1993)

日本で人気が出始めたのは2ndアルバムが発売されてからです。HelloweenのKeeper of the Seven Keyが大ブレークした後、さまざまな出来事によって低迷している時期です。
しかしながら、日本ではヘヴィ・メタルが流行している時期でもあります。カイ・ハンセンは、当時の様子を雑誌のインタビューにて次のように語っています。

驚いた。(自分たちが)ディープパープルかと思ったよ。

BURRN!(出版時期、不明)

アンディはPink Cream 69 として来日したこともあります。

アンディは当時のPink Cream 69 の曲の作詞・作曲について、殆ど全曲を手がけていました。当たれば尊敬され、外れれば総スカンという、ポジションです。相当なプレッシャーだったと思います。

そうして、3rdアルバムにて。大いに外してしまい、バンドのメンバーと険悪なムードになります。
作曲において、メロディーは、先を行き過ぎてはいけないし、古くてもいけないのですが、アンディーの場合は先を行き過ぎたみたいです。ファンにとってはモダンでヘヴィな内容でした。

ヴァイカートとアンディ

そこで、アンディに救いの手を差し伸べたのがヴァイカートです。当時からアンディとヴァイカートは友人同士でした。ヴァイカートはアンディをHelloweenに加入するよう奨めます。そうして、アンディはPink Cream 69を脱退し、Helloweenに加入します。

Helloweenは当時、問題作「Chameleon」を発売した直後で、商業的に先が見えない状況に陥っていました。また、同時期にマイケル・キスクが脱退したり、インゴが自殺(1993年3月)するなど、バンドは壊滅的ともいえる状況でした。

様々な不幸せがアンディをHelloweenへ導いたといえます。ファンからすればいきなり加入したという印象ですが、アンディからすれば(救いを求めて)辿り着いた場所です。

ソロ活動

シングルのジャケット(1997)

アンディはHelloweenでの活動と平行して、ソロでもCDを発売しています。

  • Come in from the Rain (1997)
  • Done by Mirrors (1999)
  • Million-Dollar Haircuts on Ten-Cent Heads (2013)

アンディーはPink Cream 69 時代に、2つのバンドで活動していた経歴があります。人脈を広げるという意味で、ソロ活動はアンディにとって欠かせないのでしょう。

歌声

アンディの歌声を聴いていて思うのは、歌い方のバラエティが豊富だということです。穏やかに歌うこともできるし、ブルータル(獰猛)に叫びながら歌うこともできます。

後期の作品になるほど、声の響き方というか、広がり方が絶妙になっていきます。おそらくテクニックが上達しているのでしょう。

そうして「Burning Sun」を聴いた時にはさすがに驚きました。歌声がPainkiller(ジューダスプリーストの名曲)を歌うロブ・ハルフォードにそっくりなのです。この事に気付いた時、私はアンディのことを天才だと思いました。

〈 ヴァイカートが抱く印象 〉
ヴァイカートはアンディの歌声をマイケル・キスクの歌声と比較して次のように語っています。
「キスクは一つの方法でしか歌えないが、アンディは曲に合わせて歌い方を変更できる」

その他のエピソード

〈 作曲 〉
Helloweenに加入後、どのメンバーよりも多く曲を書いています。

〈 ビッグバンドからの勧誘 〉
リッチーブラックモアからバンド(Rainbow)に加入しないか、と誘われたことがあります。Helloween時代のこと。当時アンディはHelloweenを壊滅状態から復活させた人物として勢い付いていました。
しかしながら、誘いには応じませんでした。理由は、Helloweenが自分に適した場所だと、判断できたからです。(BURRN!を読んで、出版時期、不明)

〈 お酒 〉
普段、お酒はあまり飲みません。特にビールはいけない、と雑誌のインタビューで語っています。3才の時に、父親が勤めていたビール工場へ行った際、ビール樽の梯子を上り、誤って転落した経験あり、そのときに大量にビールを飲んでしまったようです。

〈 銃コレクション 〉
2年間の兵役を務めた経験から、銃の所持を認められています(9mmまで)。M41、UZIマシンガンを所持しています。

〈 好きな飲み物 〉
カプチーノが好きです。

HELLOWEEN とは、音楽スタイル、ボーカリストについての議論

HELLOWEEN はドイツのヘヴィ・メタルバンドです。1980年頃に結成されました。正確な情報は別の記事で述べさせていただきます。今から約30年も前に結成されたのです。結成当時から在籍しているメンバーの年齢は、50歳以上です。

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1985年、結成時は4人でした。

読み

バンド名は英字で表記されておりますので、日本語にしますと少し変に聞こえるかもしれませんが、「ハロウィン」と呼ばれることもあれば、「ヘロウィン」と呼ばれることもあります。雑誌にバンド名が記載されるときには「ハロウィン」と書かれる場合が多いかと思います。どちらで呼んでも構わないと思いますけれど、「ハロウィン」と呼ぶのが一般的です。雑誌で「ハロウィン」と書かれる場合がほとんどですので、それに合わせてファンの方も「ハロウィン」と呼ぶようになったのかもしれません。

HELLOWEENは、ドイツ人によってバンドが結成されました。ドイツは英語で「Germany」と表現されることから、HELLOWEENだけではなくドイツ人が主体となっているバンドのことを総称して「ジャーマン・メタルバンド」と呼びます。ジャーマン・メタルといえば、あぁ、ドイツのバンドね、というふうに解釈されます。

日本人からすれば、外国のヘヴィ・メタルバンドなんですね。

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1987年、マイケルキスク(vo)
が加入し5人になります。

曲がメロディアス

それで、呼ばれ方はいろいろありまして、HELLOWEEN の奏でる音楽についていえば、「パワー・メタル」とも呼ばれますし、「スピード・メタル」とも呼ばれます。他には、「メロディック・メタル」、「クラシック・メタル」、「シンフォニック・メタル」と呼ばれることもあります。他にもあるかもしれません。あまりにも多くありますので、ジャンルというよりも、音楽性について議論するための形容詞と表現した方がよろしいかもしれません。

どうしてこういったことが起こるのかといいますと、言葉を管理する組織がないからです。自由なのです。誰がどのバンドについて何と表現しようが、それはそれで構わないといったふうなのです。「この現象は〇〇〇という用語です。」などといって言葉の乱れを抑制する文部科学省のような機関がない。だから、いろいろな用語が生まれます。おもしろいですよ。

それで、「メロディック・メタル」と表現されるHELLOWEEN なのですが、この言葉の通り、曲はメロディアスです。ちょうど日本で流行した演歌のように、サビのメロディーで聴く人を感動させるような曲がほとんどです。

または、「クラシック・メタル」と呼ばれるように、メロディーの美しい曲がアルバムに収録されております。

意外かもしれませんけれど、クラシック音楽とヘヴィ・メタルはよく比較されます。クラシック音楽といえば、バッハやモーツァルト、ベートーベンを思い浮かべる方は多いかと思います。その通りです。穏やかで艶やかなメロディーで人の心を落ち着かせるクラシック音楽。これと対称的かと思われるほど野蛮で暴力的な「ヘヴィ・メタル」が「クラシック音楽とよく似ている」といわれるのです。

とはいえ、このテーマについて書き始めますと、いつまで経っても本題である「HELLOWEEN」についてお書き申し上げる事ができません。ヘヴィ・メタルをクラシック音楽と併せて考えるのは別の機会にいたします。

それで、メロディーを楽しむことができる曲が多いと申し上げました。美しい曲が多いのです。

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1994年、アンディ・デリス(vo)、中央
ローランド・グラポウ(g)、右端
ウリ・カッシュ(Dr)、右から2番目

メンバー

メンバーにつきましては、現在に至るまでいろいろと入れ替わっております。

現在のメンバーは、

アンディ・デリス、Andi Deris(Vocal)
カイ・ハンセン、kai Hansen(Vocal,Guiter)
マイケル・キスク、Michael Kiske(Vocal)
マイケル・ヴァイカート、Michael Weikath(Guitar)
サシャ・ゲルストナー、Sascha Gerstner(Guitar)
マーカス・グロスコフ、Marcus Grosskopf(Base Guitar)
ダニー・ルブレ、Daniel Loble(Drum)

7人もおります。ごちゃごちゃしていますね。まぁ、いろいろと事情があるのです。バンドって人で成り立っているではありませんか。結成してから30年も経てば、いろいろなことが少しずつ変更されていくのです。

それで、最初は4人だったのが、今では7人になりました。何があったか。(短い文章でお伝えするのは無理です。)

ボーカルが3人います。

ギターリストは、4人。

ベースとドラムは、1人ずつ。

以上を合計すると8名になってしまうのですが、これはボーカルとギターの両方を担当している「カイ・ハンセン」が在籍しているためです。1名分を差し引まして、7名となります。

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2005年、現在のメンバー

ボーカル

変わっていますね。ボーカルが3人なんて。

初代ボーカルが「カイ・ハンセン」、2代目が「マイケル・キスク」、3代目がアンディ・デリス。少し前までは「アンディ・デリス」が1人だけでパフォーマンスしていました。最近になって元のメンバーが戻って来て3人になったのです。

カイ・ハンセンは、ラフで勢いのあるボーカル。マイケル・キスクは、ファンにとって思い出の歌声。アンディ・デリスは、温かい歌声と知的なライブパフォーマンス。

ところで、これはあくまでも個人的な意見ですが、3人の中で一番重要なメンバーはアンディ・デリスです。アンディは今のHELLOWEENがこれまで通り活動していくために不可欠な人物で、今やバンドのリーダーです。方向性を見失わないために必要な存在と言い換えてもよろしいかと思います。「この人が抜けたら、このバンドは○○〇じゃない」という人物がヴァイカートなら、ヴァイカートがハロウィンで活動していくために重要な人物が「アンディ・デリス」です。仲がよいのですよ。2人してスペインのテネリフェ諸島に住所を置くほどに。どちらかが誘ったとしか考えられませんし。まずアンディ・デリスがとても知的で、ヴァイカートが彼の意見を重く見ております。誰からも一目置かれる存在。それがアンディ・デリス。

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アンディ・デリス(左)
マイケル・キスク

だからといって、アンディ・デリスがカイ・ハンセンやマイケル・キスクよりも歌が上手いというわけではありませんよ。3人にはそれぞれいいところがあるでしょうし、ボーカルに限らず、上手い下手というのはどこに関心を置くかによって評価が違ってくるものですから。そうして好きか嫌いかの話になりますと、それは議論をするまでもないことです。

ここで1つ申し上げておきますと、HELLOWEEN というバンドについて語るときによくテーマに上がるのが「ボーカル」です。誰が一番か。どうであるべきか。ファンの方ならそれぞれ意見をお持ちかと思います。

3人のボーカリストそれぞれにいいところがあります。聴き比べると、なんだかよくわからずに、むしゃくしゃするかもしれませんが、ある時にふと思うのです。そんなもん、どれだけ考えたって仕方のないことだ、というふうに。

ギター

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サシャ・ゲルストナー(左端)

ギターリストは3人います。トリプルギター。1人がギターソロを弾いている時には、他のメンバーがリズムギターを弾きます。賑やかでよろしいですね。3人もいて。元々の構成はツインギターでした。それが、「カイ・ハンセン」が戻ってきたことによってトリプルになりました。

しかしながら、先ほど、メンバーは7人と解説いたしましたが、「カイ・ハンセン」と「マイケル・キスク」はメンバーというよりも、「ゲスト」に近いかもしれません。HELLOWEENの活動を盛り上げてくれる有難い人たち。

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(左)カイ・ハンセン
マイケル・キスク

なので、メンバーは以下の5人といってよいかもしれません。

アンディ・デリス、Andi Deris(Vocal)
マイケル・ヴァイカート、Michael Weikath(Guitar)
サシャ・ゲルストナー、Sascha Gerstner(Guitar)
マーカス・グロスコフ、Marcus Grosskopf(Base Guitar)
ダニー・ルブレ、Daniel Loble(Drum)

音楽

それで、どんな音楽なのかというと、内容はポジティブ(肯定的)です。ロックやPOPなど他のジャンルの音楽と比べればネガティブで且つ攻撃的な部分は目立ちますが、ヘヴィ・メタルの中ではそれほど過激ではありません。たとえば、「文句を言ってくる奴はぶん殴ればいい」というような暴力的な内容の曲がないのです。ヘヴィ・メタルバンドの中にはそういう歌詞を発信するグループが多くありますけれど、HELLOWEEN はそうでありません。「苦しくても、自分の頭で物事を考えていれば、きっと上手くいくはずだよ」というような聴く人に、そっとアドパイスするような歌詞をボーカルは歌います。インタビューでも、ボーカルのアンディ・デリスは「ファンに対して、自分を傷つけろ、というようなことは言いたくない。」と言っています。

そうしては自分たちのことを次のように表現しています。「HELLOWEEN は、ヘヴィ・メタルバンド中でも暴力的な要素の少ない稀有な存在だ。」と。

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けれど、ライブへ行けば、モッシュは起こります。野蛮なのには変わりありません。スタンディングスペースの広い場所で円状の空間を作り、その中で走り回ります。しかし、おもしろいですよ。それに、HELLOWEEN のライブで起こるモッシュはあまり危険でないと思います。

HELLOWEEN のライブはもっと過激な曲を歌うバンドのライブより安全なはずです。

また、他のバンドと比べて女性のファンが多いといわれております。ライブへ参りますと、女性の方は珍しくありません。普通に楽しみにしている様子でTシャツを買うための列に並んだり、ドリンクを買ったりしているのをよく見かけます。けれど、モッシュに加わる方は少ないようで、走り回っている最中に女性の方を見かけますと、おぉ、女の人だ、とビックリしてしまいます。みんなで動き回るのは面白いのです。ずっとなくならないでほしい現象ですよ、モッシュは。普段生活していて、気の合う人と一緒になって汗を流すことなんて、年齢を重ねるにつれて機会は減っていきますから。

まとめ

いろいろとお書きしましたが、要約しますと、

  • 結成時から30年経過している
  • ジャーマンメタル
  • 曲がメロディアス
  • ボーカルは現在で3人目。(3人それぞれに良いところがある。)
  • 暴力的でない
  • ライブは安全

以上、6点です。

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本当に、おもしろいバンドですよ。私は好きです。アンディ・デリスのライブパフォーマンスは、見ているとわくわくしてしまいますし、ヴァイカートの書く曲は最高にかっこいいですから。その他にも素晴らしいところはたくさんあります。

ただし、知っている人にお勧めするには、曲が過激ですし、洋楽ですのでなかなか気が進みません。ヘヴィ・メタルは、普段の生活でロックやPOPばかり聴いておられる方からすると、「音楽でない」と思われてしまうくらい、聴けない音楽スタイルなのです。こんなに面白い音楽なのにどうしてなのでしょうね。けれど、人それぞれ生まれた環境が違いますし別の人間ですので、同じものに触れても感じ方が異るのは自然なことです。

わかる人にはわかる。わからない人には、わからない。そんな音楽なのです。ヘヴィ・メタルというのは。

また、ヘヴィ・メタルは「変な子を惹きつける」と言われることがあります。それは、自分以外のファンを見ていればわかることかもしれません。

もしも本記事をご覧になって、HELLOWEEN の曲を聴きたくなったとか、CDを入手したくなったと思われた方がいたとすれば、とても素敵なことだと思います。そういう方には、全力でおすすめいたします。HELLOWEEN があなたにとって大変興味深い存在になるといいですね。

Keeper of the seven keys Part ll (1988年)

(↑ おすすめです。アマゾンへのリンク。)

マイケル・ヴァイカートの経歴

本名 : マイケル・インゴ・ヨアヒム・ヴァイカート
(Michael Ingo Joachim Weikath)

誕生日 : 1962年8月7日

出身地 : ドイツ、ハンブルク
(Germany, Hamburg)

身長 : 190cm

ニックネーム : ヴァイキー(Weiki)

かっこいいですね。2016年のヴァイカート。

画像の通り、ヴァイカートはギターリストです。レスポールタイプのギターを使っています。

私のイメージを申し上げますと、ヴァイカートは白色のギターを好んで使うという印象です。白いレスポール、白いフライングV。

ヴァイカートは「パワー・メタル」の開拓者です。また、HELLOWEEN の創立メンバーの一人です。

幼少期

ヴァイカートは、ドイツのハンブルクに生まれました。早い時期からミュージシャンとして活動しています。4歳から5歳くらいのときには、芝生の上で寝転がりながら空を眺めて、頭の中でメロディーを創作していたといいます。1971年、9歳の時には、音楽に対して深い興味を抱くようになり、多くの時間をステレオ器機と共に過ごしました。また、当時に利用できる全てのミュージック・チャンネルをチェックしてしていました。最初に所有したアルバムは、ビートルズの「1962ー1966」でした。

ドイツ北部、ハンブルク

ギターを彈き始める

1974年、12歳の時にギターを弾き始めました。次第に、友人と一緒に演奏するようになります。1978年、16歳の時に、ヴァイカートは人生で初めてバンドを結成します。名称は「Powerfool」(パワーフール)。日本語に訳しますと、「力のを持て余している愚か者」(訳:MIZ)。ヴァイキーらしいですね。

1982年、20歳の時、ヴァイカートは国民の義務である兵役を果たしました。とても重いテーマです。

HELLOWEEN 誕生

同じく、1982年。ヴァイカートは、当時「Iron Fist」というバンドで活動していたカイ・ハンセンを自分のバンドに引き入れようとします。しかし、逆にカイ・ハンセンのバンドへ加わることになりました。「Irom Fist」はHELLOWEEN の前身にあたるバンドとなります。

1984年、22歳の時、バンドはノイズ・レコード(会社名)と契約を結び、「デス・メタル」と呼ばれるCDアルバムに楽曲を2曲提供します。そのうちの1つである「Oernst of Life」という楽曲はpowerfool時代にヴァイカート書いたものです。生存欲求(訳:MIZ)。きっとシリアスな曲です。

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アルバム製作

ヴァイカートはレコードの問屋で働いていましたが、アルバム「ウォールズ・オブ・ジェリコ」(1995年)の製作に専念する為に退社しました。

ウォールず・オブ・ジェリコ

影響を受けたアーティスト

バンドについては、 The Beatles, Deep Purple, Scorpions, UFO, Van Halen, Led Zeppelin, the Sex Pistols, and Wishbone Ash。

よく研究したしたというギターリストは、Eric Clapton, Jimi Hendrix, Ritchie Blackmore, Uli Jon Roth, and Eddie Van Halen。大物ばかりですね。

使用ギター

画像をご覧になりたい方はこちら

1990年代頃まで

  • ギブソン・フライングV
  • ギブソン・エクスプローラー(白と黒の塗り分け)
  • ギブソン・レスポール・カスタム
  • フェンダー・ストラトキャスター
  • フェルナンデスのストラトタイプ
  • ヤマハ・PACIFICAカスタム

近年

  • ギブソン・レスポール・トラディショナル
  • ギブソン・フライングV(フロイドローズタイプの様々なカラーのモデルを愛用)

「ストレイト・アウト・オブ・ヘル」リリース以降はギブソン・フライングVにバンドのマスコットであるパンプキンのイラストをペイントしたものを使用することもあります。

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宗教

ヴァイカートは、キリスト教徒、カトリックです。1998年のインタビューで「Hey Lord!」(曲名)について質問された時、「ウリ・カッシュ以外のメンバーは全員キリスト教徒だ。」と発言しています。

住所

現在はスペイン領のテネリフェ島北部、プエルト・デ・ラ・クルス(都市名)に住所を置いています。人口は3万人ほどです。

プエルト・デ・ラ・クルス。海と空の景観が美しいですね。

楽曲

ヴァイカートが作曲した曲は、以下の通りです。(良曲ばかり。)2本に1本は、ホームランですよ。

Helloween (1985)

Starlight
Cry for Freedom

Walls Of Jericho (1985)

Reptile
Guardians
Gorgar
How Many Tears

Keeper Of The Seven Keys, Pt. 1 (1987)

A Tale That Wasn’t Right
Follow The Sign

Keeper Of The Seven Keys, Pt. 2 (1988)

Eagle Fly Free
Rise And Fall
Dr. Stein
Keeper Of The Seven Keys

Pink Bubbles Go Ape (1991)

Number One
Heavy Metal Hamsters

Chameleon (1993)

First Time
Giants
Windmill

Master Of The Rings (1994)

Sole Survivor
Where The Rain Grows
The Game Is On
Secret Alibi
Star Invasion

The Time Of The Oath (1996)

Steel Tormentor
Power
Kings Will Be Kings
Mission Motherland
If I Knew

Better Than Raw (1998)

Falling Higher
I Can
Lavdate Dominvm
Midnight Sun

The Dark Ride (2000)

All Over The Nations
Salvation

Rabbit Don’t Come Easy (2003)

The Tune
Do You Feel Good
Nothing To Say

Keeper Of The Seven Keys – The Legacy (2005)

King For A 1000 Years
Born On Judgment Day
Do You Know What You’re Fighting For
Get It Up

Gambling with the Devil (2007.10)

The Saints
Can Do It

7 Sinners (2010)

Raise The Noise
The Sage, The Fool, The Sinner

Straight Out Of Hell (2013)

Burning Sun
Years

My God-Given Right (2015)

Battle’s Won
Creatures In Heaven
Claws

エピソード

・カイ・ハンセンとは彼がハロウィンと脱退してからしばらくの間、両者との間に確執があったといわれていた。ただヴァイキーの語るところでは脱退後にカイから「もう同じバンドには居ないけど、また友達同士の関係に戻れる」と言われたことや、ヴァイキー本人もガンマ・レイのアルバム「Sigh No More」のレコーディング時にスタジオにあそびに行ったことを後日談で語っています。最近になってカイをライブのゲストとして呼んでいます。また近年では、ハロウィンがカイ率いるガンマ・レイと共にツアーを行ったりと積極的に交流を深めている。

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・バンドメンバーや関係者によるとヴァイカートの性格について一言で「変わった人」であるという認識で一致しており、特にインタビューなどでは歯に衣着せぬ発言をする事が多い為に悪い意味で独特な人物だと言うイメージが持たれがちだが「人柄を知れば誤解だと分かる」と、メンバーの1人ダニ・ルブレは語っています。(守護神伝 ー 新章 ー に付属しているDVDにて)

・ユーモアのある面白い人柄で、さまざまな場面でファンやメンバーを笑わせることも多い。ただ、昔ギターパートナーのサシャ・ゲルストナーに言ったら大うけしたのに前任者のローランド・グラポウの時には相手にしてもらえなかったギャグがあったらしくその内容を日本での『守護神伝 -新章-』のファンミーティングの際に言ったときには司会進行を務めていた伊藤政則から『ローランドが(ハロウィンを)辞めたくなる気持ちも解からなくもない』と言われてしまった。

・アンディ曰く「自分が正しいと思った事に関しては特にタフになる」らしく、また「自分を変えられることを嫌い、変えようとする人間がいると立ち向かって戦おうとする」という旨の発言などから、アンディ自身もヴァイカートの我の強さや性格の難しさを認めるものの「良い意味でのタフガイだから馬鹿な言い争いになることはない」、「彼の性格を受け入れることが出来れば総てうまくいく」といった、ヴァイカートの筋の通った人間性を認める発言をしている。

・カイ・ハンセンがバンドを去って以降、独裁的にバンドの運営(メンバーの解雇)を行っている様に見えるが、本人によれば「今のバンドには(メンバーを指して)5人の音楽批評家がいるから自分の意見だけでバンドを運営していくことは無理」と語っており、また「(元メンバーが)クビになりそうだった状況を免じてあげた」と1度は擁護した立場であった事を振り返っている。

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・2005年頃のインタビューによれば、「カメレオン」リリース直後と「ダーク・ライド」のレコーディング最中の二度、自身がハロウィンを脱退する可能性があったと語っていた。一度目はもし自分が脱退せざるを得なくなった場合は「ディープ・パープルもどきのバンドをやろうと思っていた」といい、二度目は「ダーク・ライド」の音楽性を巡り一貫して反対の態度を取り続けてバンド内で口論になった為『もし今後「ダーク・ライド」のようなサウンドでやっていくのであれば自分はハロウィンを辞めて他の人と自分のやりたい音楽をやる』とバンドに告げるが、結果的にマーカスとアンディに引き留められた為にバンドに残る事に決めたという。

・プライベートでは読書や映画、テレビゲームを楽しむ他、散歩をする事が好きでそこから楽曲のインスピレーションを手に入れることが多いという。また、ハロウィンとしてのデビューからソロでの活動は殆どなく、理由は「アンディやマーカスのように2つの事を要領よくこなせるタイプではないし、何より自身のプライベートを大事にしたい」からだという。

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・ヘヴィメタル以外のジャンルや世界各国のバンドにも造詣が深く、また日本の音楽ではBABYMETALに賛辞を贈ったりabingdon boys schoolをバンドメンバーに薦める程気に入っており、ANTHEMやX JAPANなどはインタビュー内で度々話題に挙げる事もある。

・日本食では無類のうどんファンらしい。また、来日中は酒を殆どのまず、熱燗を少し嗜む程度だという。

以上です。